「歌しぐれ」と「雷の道行」

 

 

■まずはお芝居「歌しぐれ」ですが、とても珍しい演目ですよね。

 

 

そうですね。誰も知らないような演目ですよね(笑)

一応チラシには「75年ぶり」とは書いたんですけど、研究公演みたいなのにはちょくちょく出てたりしたんですよ。

松竹上方歌舞伎塾の二期生の卒業公演でやっていたりとか。

私の知り合いで藤舎八洲子さんって大阪の女流のお囃子さんがいらっしゃって、その方から戦後すぐのパンフレットをたくさんもらったんです。

当時、関西の俳優協会ってのがあって、それの記念公演があってその中にこの「歌しぐれ」が出てたんですよ。

 

今、歌舞伎の俳優協会のページで年号とかで検索したらデータが出るでしょ、そこにも載ってなくて。

だからこのパンフレットがなければわからなかったわけです。

 

師匠はどこかで覚えてはいたんでしょうね。

「歌しぐれがええ。」と仰って。

 

まず演目としては大阪のものをとは思っていたんです。

これは郷田悳さんの作品なんですけど、郷田さんの作品の中で大阪の良い芝居ってたくさんあるんですよ。

なので他のも見てみたんですけど、やっぱりこの「歌しぐれ」が良いかなとなりました。

 

親子の話って、この世に生きてる人なら絶対にわかる話ですからね。

 

ただ話はすごく甘いんです。

 

今上演中のワンピースでも火が出る、水が出る、人が飛ぶとかあるけど(笑)

このお芝居はそれの逆をいくような謂わば地味なお芝居だからそこが今のお客様にはどう受け止められるかなという不安はあります。

だけどこういったお芝居を好きであっていてほしい。特に大阪の人には。

 

中川芳三さんが「大阪の人が書いた、大阪の役者のための、大阪の芝居」と郷田悳さんの評伝に書いてあって。今回はできる限りそれを再現できればと思ってます。

 

 

■大阪の匂いというと、やはり言葉遣いだとかその人から出る雰囲気だとか、そういうことですよね?

 

 

そうですね。

けど上方歌舞伎の中でもちょっと一色(ひといろ)になってる気がするんですよね。

正しい言い方かはわかりませんけど、例えば近松門左衛門って大阪って感じがするでしょ?

けどやっぱりそれだけじゃなくて、井原西鶴(いはらさいかく)とかもいるし。

“大阪”と言ってもいろんなカラーがあると思うんですよ。

それは福岡でもそうだと思います。福岡市があって、久留米もあって、北九州もある。

それぞれのカラーがあるのにそれが一色になってるのが寂しいなと思っていて…。

 

良いのか悪いのかはわかりませんけど、あえてここで“違う色”というのを自分で持ちたいなと思いました。

 

それが将来大阪の芝居に対してアクセントになれば良いかなと思います。

大阪はこんな色もあるんだぞという意味も込めて今回このお芝居を選びました。

 

 

■「歌しぐれ」のあらすじについて

 チラシにも書いてはありますが…少しお話いただけますか。

 

 

読んでいただければとは思いますけど(笑)

人が人を想う気持ちが詰まっている芝居です。

 

最終的にお町が嫁入りするのを見送るんですけど、その時に「嫁いだ場所が女の死に場所、必ずともにその家を離れてはなりませぬ。それが母さんへの何よりの孝行でござります」って…現代ではね、ちょっと(笑)

でも、現代とは違いますけど、女として普通に幸せになってほしいという母としての願いですよね。

 

 

■古い作品ですけど、現代でもありえる話ですよね。

 

 

そうですね。

で、これが通じなくなったらこの世は終わりやと思います(笑)

 

みんな誰かを思っているけど、このちょっとのズレ。

静かな水に水滴をぽんと落としたような芝居です。

 

「引窓(ひきまど)」ってご覧になりましたでしょ?

師匠はお幸を5回くらいやってるんですよ。

先年博多でやった時に「まず家族にならないかん。家族という形がちょっと何かによって歪(いびつ)になる。これが芝居だ」と。

こっからだと。

やっぱりこれがないと家族の芝居にならないんだと言われましたね。

 

 

■深い言葉ですね。

 

 

そうですね。

だからこの“ホームドラマ”をきちんと再現したいと思います。

 

 

 

 

 

 

■舞踊「雷の道行」、こちらもまた珍しいですね。

 

 

はい。私も観たことがないものでして…(笑)

もともとこの曲の成立として、歌詞はあったそうなんです。

その後で曲が付けられた。

 

なぜ、これを選んだかと言いますと、

師匠は踊りの家元(東山村流)もやっています。

この東山村流(ひがしやまむらりゅう)というのが新内(しんない)という曲に合わせて踊る“新内舞踊”というのを大阪でもわりと先駆けてやっていたみたいです。

 

なので…オマージュでしたっけ?(笑)

尊敬の念も込めてということで選びました。

 

 

■この“新内舞踊”というのはどういった舞踊でしょうか。

 

 

“新内”というのは、例えば簡単にいうと心中するときに聞くというか

エロチックじゃないけど、男女の仲をこってりと表現するようなものです。

江戸時代だとそれこそ新内は禁止!とか(笑)

 

 

■それくらい男女の仲を熱く表現したものだったんですね。

 

 

そう、だから心中の時に聞くような曲かな。

 

 

■内容を見てると明るい曲なのかなと思いました。

 

 

明るいけどこってりしたところもある。

一応カップルで、“道行”なので。

 

こういう珍しいものやって、これもやっぱりお芝居と同じで「こういう面白い舞踊もあるよ」って知っていただけたらと思います。

藤間涼太朗くんにとっても、自分の物になれば良いし、私たちがやらなくてもこの先でどなたかが「踊ってみたい」と思えるものにしたいですね。

 

涼太朗くんは東京なんで、そんなにお稽古も一緒にできないんです。

なので、ちょっと冒険かなとは思います。

けど一所懸命、振付も考えてくれてるので。

 

彼とはもともと仲良くしてて、でも歌舞伎の舞台ではほとんど一緒にならなかったんですよ。

なので友人としてという気持ちもありますし、やっと初めて一つのものを作ろうとしています。

 

 

■涼太朗さんは今は日本舞踊の舞台にしかお出にならない?

 

 

そうですね。彼も歌舞伎にカムバックしてくることはないと思うんで。

 

 

■もともと歌舞伎役者で、それから日本舞踊や新派へ行って、そこから再び歌舞伎に戻るパターンってないんですか?

 

あまりないんじゃないですかね。

 

さっき「大阪の匂い」って話もありましたけど、口で説明できない匂いってあるんですよ。

例えば、歌舞伎役者になる前にどこか別の世界でお芝居をやっていたという人がいたとして。

そしたらやっぱり人色に染まったら、匂いって取れないんですよ。

 

 

 

■染み付いて、癖になっていたりとか。

 

 

そう。

だからそれがプラスに働くと良いんですけどね。

涼太朗くんも歌舞伎にいたことがプラスになっていくんじゃないかなと思います。

誰にもできない経験だと思いますし。

 

 

 

 

■今回、お芝居も舞踊もどちらも珍しい作品で、調べてもなかなか情報が得られなかったです(笑)

どうして珍しい作品を?

 

 

これはね、師匠の教えで「珍しいものでお客さんを引き寄せろ」っていう(笑)

 

師匠はあの年代からしたら背は高かったし、評論とかでも“フランス人形みたいな顔”って言われたりとか。

だから古典に向かないんじゃないかって思っていたらしいですよ。

それで、役者としてどう引き寄せるかってので、“珍しいもので引き寄せる”という考えに至ったみたいです。

 

 

これが傘寿の時のパンフレットなんです。

 

■「夏祭浪花鑑」のパロディである「夏姿女団七」。

 私は「夏祭浪花鑑」はもう何度も観てますが、「女団七」は観たことがないんです。

 

 

これもね、やっぱり何年かぶりです。

珍しいお芝居です。

■話の舞台を大阪から東京に移したものですよね。

 

そうそう、それで登場人物も男から女に変えたものです。

 

 

■自主公演の翌年には本公演でこの「女団七」が上演され、その写真を拝見しました。

劇評を読むと「これはすごく良かった」と書かれておりました。

 

 

これはね、師匠が傘寿の公演をやるって時に、

猿之助さんとご飯行って、そのとき私もいたんですけど

猿之助さんがまだ亀治郎さんの時ですね。

「傘寿で何かするの?」って話になって、「したいものとかないの?」「そんなの急に言われても(笑)」とか言ってて。

それでなんとなく、ふとこの狂言が出てきて。

 

お芝居を作っていくうえで、私はよく東京にある大谷図書館へ行くんです。

そこで台本引っ張ってきて読んでみて。

 

最初は団七の女版であるお梶(おかじ)を師匠にやってもらおうとなったんですよ。

殺しの場面だけ体力的に頑張ってもらえれば、まぁ大丈夫かと(笑)

 

 

■そうですよね(笑)殺しのところが大変ですよね。

 

 

そうそう(笑)

だから、師匠の年齢も年齢なので、簡単にお客さんが「わーっ!」と喜んでいただけるようなものをと考えますよね。

それで夏祭浪花鑑でいうところの「義平次(ぎへいじ)」がいないってなったんです。

あの人も違う、この人も違うって(笑)

じゃあ猿之助さんって女形がとても素敵だから猿之助さんに出てもらって、師匠が「義平次ばばあ」という風に決まっていきました。

 

 

■先ほども話が出ましたが、やはり芝居が決まってそのあとにこの役はあの人で…という流れで決まっていくんですね。

 

 

「この芝居面白そう」から始まりますね。

役柄と“ニン”ですよね。

“ニン”が違うというのはすごく苦しいです。

逆に下手でも“ニン”にピタッとあったら、これほど強いものはない。

演技してなくてもそう見えるんですよ(笑)

 

 

■本人から出ている雰囲気じゃないけど、人柄だとか。

 

うん、もう全て引っくるめて、その役に見える。

それは強いです。これにかなうものはないです。

 

例えばこのコップに入る飲み物を役者としましょう。(水が入ったシンプルで小さなグラス)

このコップに映えるもんはなんだろう?と考える。

 

 

■なるほど。

 うーん、ビールじゃないですね(笑)

 

 

そう(笑)ここに日本酒入れたらコップ酒であまり品のいいもんじゃないですよね。

やっぱり日本酒は徳利とお猪口とか。

 

ただ役者も仕事ですから、グラスの時もありゃ紙コップの時もあるし、竹を切ったようなやつとかね(笑)

 

 

■ありますね(笑)

すごくわかりやすい説明です。

 

 

コーヒーカップにもお酒は入れない。

 

 

■合わないですもんね(笑)

 

 

やっぱり良いものを見せたいからそれはすごく考えますよね。

 

 

■傘寿の公演のもう一つは「東海道四谷怪談」ですね。

 

 

そうです。

「女団七」が1時間10分くらいだったので、これだけではちょっとということになりまして。

けど体力が持ちますかって話にもなったんですけど「もう一度四谷怪談をやりたい」って、それで「四谷怪談」をやることになりました。

 

「四谷怪談」がすごく好きらしいんです。

2回やったことがあって1回目は名古屋、2回目は大阪で自主公演をした時にやっていて、それからもう1回やりたいということで。

だけど自主公演で四谷怪談なんてね、それはとんでもない話ですよ(笑)

大丈夫ですか!?って話で(笑)

でも、やっぱりお客さんに満足して帰ってもらいたいというのが根本ですよね。

 

これもやはり配役から始まって、伊右衛門は誰にする?ってなってオファーしてもスケジュールが合わなくてダメやった人もいたりで伊右衛門がなかなか決まらなかったんです。

その時にこの公演の話を聞いた片岡仁左衛門旦那が「僕が出る」と。

これはお芝居がない時代に自主公演をやっていて、そこで仁左衛門旦那もいろんな役をさせてもらったと、すごくそれを恩義に感じていただいてるという話を度々うかがっていて。

だからこそ恩返しで出るねというお気持ちで四谷怪談の伊右衛門で出ると言ってくださった。

これは師匠も幸せですよね。本当に幸せなことだと思います。

 

「女団七」も本公演でも出ましたし。

そしたら誰かしら観てるから残りますし。

なのでこれが本当に集大成でね。

 

 

■出演者を見ていたら豪華メンバーで凄かっただろうなと。

 自主公演なのかなっていうくらい(笑)

 

 

今までの自主公演は若手の方に出演をお願いすることが多かったんですけど、そうなると師匠が教えなきゃいけなくなってくるから大変なんですよね。

そんなこともあるので、ある程度わかっている人に出てもらったほうがいいんじゃないかということになって…でも予想外になっちゃいましたけどね(笑)

 

 

■傘寿公演の劇評や感想を見ていると「竹三郎さんへの愛が伝わる」とか「愛に溢れていた」とかいうのが多かったんです。

普段からよく猿之助さんや仁左衛門さんとの仲の良さが伝わるというか、慕われてらっしゃいますよね。

その時の舞台の一体感は凄かったのでは。

 

 

いや、あれは凄かったですよ。

客席も本当にピシーっと静かで。

 

この傘寿の会の公演っていうのは目標ですよね。

今すぐできることではないと思いますけど、こうなりたいと思うものでした。

 

■一回目もまだ終わってないですけど…

 

 

うん(笑)終わってないけど(笑笑)

…目標!(笑)

 

 

■でも1回目をやったからには継続していこうというお気持ちはあるということですね。

 

 

まぁそういう気持ちはあります。

どうなるかはわからないですけどやるからには目標はあそこかなという気持ちですね。

 

 

■傘寿公演観たかったです。

 

 

これは本当に凄かったですよ。

 

 

■自主公演ってやっぱり宣伝が難しいですよね。

今はSNSとかありますけど、昔は面白い舞台でも結構見逃すことも多かったのでは?

 

 

新聞社が主な宣伝だったとは伺っています。

お願いしに行くのも大変だったそうです。

なので今はそういうところは楽に、ツイートしたりすればある程度はね(笑)

 

 

■時代とともに変わりますよね。

 

 

そうそう、YouTubeとかもあるし、師匠からすると「なんやねんそれ。そんなんわからへん」ってなるしね(笑)

© 2017 Tomoko Shimokawa